はじめに、本ページは筆者の試験対策を目的に制作したノートが元になっている。公開する際に最低限の変更を加えたが、刑法の全てに触れているわけではなく、また私の理解が浅い個所も存在する。しかし、刑法を学ぶ上では前提となる知識でもあるため、本ページが何かしらの助けになれば幸いである。

暴行罪

刑法208条:暴行を加えたものが人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。

暴行罪における「暴行」
→人に対する「有形力の行使」
 →①被害者の身体に接触している
 →身体的接触を暴行の必須要素とは見なしていない(判例)
  ⇔接触は不要だが、有形力の作用が身体の近くに及ぶ必要がある
 →②被害者が怪我をする危険性を有している
  →有形力に傷害発生の危険性が認められる必要はない(判例)

参考:身体に対する直接の暴行ではないと示した判例

大判昭和8年4月15日刑集12巻427頁

被告人は、大衆党から応援団を率いて争議に加わったXとY
鉱山事務所長のAが芦場駅から電車に乗って矢板へ行こうとしていることを知り、数十人の争議団を率いて駅に押しかけ、服をつかんだり取り囲んで拘束した。
 ↓
刑法208条1項『暴行罪』が成立する
弁護人は「身体に対する直接の暴行ではない」としたが、裁判所は「人の身体に対する不法な攻撃である」と判断した。

参考:塩をまく=暴行と示した判例

福岡高判高判46年10月11日刑月3巻10号1311頁

被告人Xは会社と対立する労働組合のメンバーであった被害者Aに対し、右手につかんだ塩をAの頭や顔に数回振りかけた。直前、Aは事務所内で同僚たちに囲まれ、執拗な嫌がらせを受けていた。
 ↓
弁護人:①『暴行』の成立には、当該行為に傷害の危険性が必要である
    ②本件の塩ふりかけ行為は零細で違法性が軽微である
    ③Xは「お清めのつもり」でやっていたため、暴行の意思(故意)はない
 ↓
刑法208条1項『暴行罪』が成立する
裁判所:相手方において『単に深い嫌悪を催させる行為』である=暴行罪が成立

参考:音による暴行が成立した事例

最判昭和29年8月20日刑集8巻8号1277頁

大太鼓やシンバルによる音は『暴行』に該当するのか?
 ↓
暴行に該当する
被害者の近接領域に入った有形力の身体への影響力が大きい場合、法益侵害を認める

参考:日本刀を突き付ける行為が暴行と判断された判例

最決昭和28年2月19日刑集7巻2号280頁

被告人X・Yが強盗を共謀し、Xが見張りに立って、YがA宅に侵入した
Yは家にいたAの内縁の妻Bに刃渡り45㎝の日本刀を突き付けて金銭を要求したが、Bは右手で日本刀にしがみついて助けを求めたため、XとYは何も盗らずに逃走した。Bは全治2週間の怪我を負った。
 ↓
争点:YがBに日本刀を突き付けた行為は、『暴行』に該当するか    (XはYと強盗を共謀したため、共犯関係に当たる)    →もしXに財物を強取する意思がなく、Bが同様に怪我をしていた場合、YがBに日本刀を突き付けた行為は『暴行』に該当し、そこから生じた結果には、暴行罪の結果的加重犯としての傷害罪が成立する。これに反し、Yの行為が『暴行』に該当しないのなら、軽い処罰となる。     →強盗致傷罪の傷害結果は、強盗の手段としての『暴行』から生じたものに限られる

参考:日本刀の抜き身を振り回す行為が暴行と判断された判例

最決昭和39年1月28日刑集18巻1号31頁

内妻を脅すために狭い4畳半の室内で日本刀の抜き身を振り回したところ、力が入って内妻の腹部に突き刺さり、死亡させた。
 ↓
原判決:傷害致死罪の成立を肯定
最高裁:日本刀を振り回す行為一般が『暴行』に該当するわけではない
    →物理的な接触がなくても、被害者の身体に直接的な影響を及ぼす行為を『暴行』と定義?

参考:人の数歩手前を狙って投石するのは?

東京高判昭和25年6月10日高刑集3巻2号222頁

弁護人:被告人らには、石が被害者に当たることの認識がなかった=暴行の故意がなかった
    →暴行の故意がなかったので、傷害罪は成立しない
控訴審:投石行為が故意に該当する以上、暴行または傷害の故意があったと考えられる
    →原判決は妥当



傷害罪

刑法204条:人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。

傷害の定義
→①生理的機能障害説(判例・通説)
 →頭髪の切断は“生理的機能を侵害しない”ため、傷害罪に該当しない
→②完全性侵害説
 →頭髪の切断は“完全性を侵害する”ため、傷害罪に該当する

※判例上、刑法240条「傷害」=刑法204条「傷害」

参考:精神的な被害は『傷害』に該当するのか?

東京地判昭和54年8月10日判時943号122頁

東京のインク工場で働いていた被告人Xは、社長Aから工場巡視のたびに注意され、そのせいで上司から叱責されることからAを恨んで無言電話などの嫌がらせ電話を半年ほど続け、その結果、社長の妻が精神衰弱症となった。
 ↓
精神的な被害は『傷害』に該当する
精神的被害は、行為者による『傷害の故意』がなければ発生しないためである

参考:音による傷害が成立した事例

最決平成17年3月29日刑集59巻2号54頁

構成要件該当行為が“暴行”ではない傷害罪の成立を認めた最高裁判例
弁護人:被告人の行為は傷害罪の故意を欠き、原判決は事実誤認によるものである
 ⇔
最高裁:被告人の騒音行為には故意があったと評価できる

参考:PTSDは『傷害』?

最決平成24年度7月24日刑集66巻8号709頁

最高裁:PTSDのような精神障害は刑法上の概念に含まれないため、原判決は誤っている
    しかし、このような精神的機能の障害を惹起した場合も傷害に当たると解する
    ⇒一審判決および原判決の監禁致傷罪は妥当である

参考:強盗致傷罪における“傷害”の意義①

最決平成6年3月4日裁判集刑263号101頁

軽微な傷害は“暴行”になるのでは?
 ↓
最高裁:軽微な傷であっても、人の健康状態に不良の変更を加えたのだから“傷害”

参考:強盗致傷罪における“傷害”の意義②

大阪地判平成16年11月17日判タ1166号114頁

地裁判決
・被告人には情状酌量の余地が認められるが、強盗致傷罪には執行猶予がない
・強盗致傷罪の『負傷』には、生活上何ら問題ないほど軽微な怪我は該当しない
・国会において、現行の強盗致傷罪が持つ不合理性が議論されている
 ↓
上記の理由・検討から、強盗未遂罪および傷害罪が妥当である

同時傷害の特例

刑法207条:二人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその生涯を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行したものでなくても、共犯の例による。

刑法207条は、二人以上が暴行を加えた事案においては、生じた障害の原因となった暴行を特定することが困難な例を鑑みて、共犯関係が立証されなくても例外的に共犯関係として扱う規定である。
【要件】
①各暴行が当該傷害を生じさせ得る危険性を有するものであること
②各暴行が外形的には共同実行に等しいと評価できるような状況で行われたこと
 →同一の機会に行われたものであること
【議論】
・因果関係の挙証責任を転換し、被告人に背負わせるのは正しいのか?
・個人責任主義の例外を認め、傷害については無実である者に責任を負わせていいのか?

※判例によると、傷害致死罪の成否が問題となる場面でも適用される
※共犯関係を例外的に推定する規定ではない
※複数の行為者による暴行が時間的にまったく重ならない場合でも適用される
※判例上、全ての障害結果について責任を負う行為者がいる場合でも、適用される


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